ぼんやりさんとダックスの暮らしの手帖

Mダックス・ハヤテとの毎日や山登り

オバマさんの皺


眉間のしわ…

今日、献花をし、どこか複雑で険しい顔をして目を閉じているオバマ大統領を見ていて
いつだったか、広島に行った時見た外国人のことを思い出した。
彼とおんなじような表情をしていた白人の男性を、原爆資料館でみたことがあったからだ。


20代中ごろ、
広島の原爆ドームと資料館を訪れるため
片道6時間かけて新幹線で広島まで行った。(厳島神社にも行った)


資料館に入るとすぐ大きなジオラマのようなものがあって、上の方にきのこ雲などの映像を映す液晶画面と、被害が大きかった半径2キロ圏内の模型があったようなきがする。10年は前だったかと思うけど、そのころでも外国人(白人)が沢山いて、皆一様に険しい顔をして眉間にしわを寄せて添え書きを読んでいた。
添え書きには、いつ落とされた爆弾がどう爆発し何人を殺したのか、等という事が書かれている。


その中に、Tシャツのラフな服装の老夫婦がいた。白人だ。
食い入るようにジオラマと
流されている映像を見比べている。
真剣さがうかがえた。
女性の方は、痛ましいと思っている、といったような表情で苦しげに顔をゆがめている。
私はその隣にいる男性の、眉間に刻まれたふかぶかとした皺がけいれんするのを、何秒間かずっと観察していた。
何とも言えない顔だった。
今思うと私にはまだまだ理解できない複雑な感情が渦巻いていたのかも、しれないなぁ。


そもそも広島に行くことになったのにはきっかけがあって、
小学5年生のとき、長崎に行って爆心地(とされている大きな棒がたっている)と資料館を訪れた事が始まりだった。

長崎では確か、模型などよりも記録写真が多く展示されていて、その頃の私と変らない年齢の女の子などがとんでもない状態で写されていて、小さいながら衝撃を受けた。
それで、自分が生きている間に広島を訪れたいという目標ができた。


広島を訪れるのと同じくらいのタイミングで、運よくハワイのパールハーバーにも行くことができた。
第二次大戦の始まった場所と習った真珠湾で、どんな展示や説明がされているのかが非常に見たかったからだ。

広島や長崎のそれは被害の実態を強く中心に据えて展示を展開しているのに対し
アメリカのそれは、日本の将校だとか天皇陛下だとか
いわゆる当時の司令塔のなにがしが~~などという人物に対する説明が多かったのが印象的だった。
なによりも、日本人の私が
ここに平気な顔をしていることに不快を感じるハワイ人もいるのではないかと思ってとてもナーバスな気持ちになった。
あの場所に拒まれている様な気がして、気が急いた。
外国に行くと感じる【日本人】だなって実感はよくある話だが、
ハワイのあそこでは他とはまったく違った実感として苦々しく心に残った。


広島を訪問しに来たアメリカ人はふつう、どういった感覚を抱くのだろうか。
シンプルに悲惨さだけを受け入れ、悲しむことができるのか。
それとも私のように複雑な気分になったりするんだろうか。
真珠湾にいたときの私の眉間にはしわがあったんだろうか、どうなんだろうか。


ハワイ出身のオバマ大統領は、
ともすれば知り合いや親せきが被害を受けた人たちかも知れない。
その彼が大人になり、アメリカ人代表の大統領として広島のあの資料館に来て、日本人に接して
いったい本音の所でどう思ったんだろうか、とおもった。
現職の大統領が、というのは歴史的にすごいことだけれども
そんなことよりも、
ハワイで生まれたオバマさんが個人的にどう感じたのかが、とても知りたかったな。


もちろん、本心でどう思ったかは、知ることなんて出来ないんだけど。
でもその一端があの皺にあるような気がして、
なんどもじっと見てしまうのだった。

広島の方たちもまた、いろんな思いを抱いてるんだろな。

なんだか興奮したが重苦しい1日だった。オバマさんの、まだるっこしい演説が、彼の皺に対してへんな想像を掻き立てたに違いない(^^;)

ある種のシンプルな表情の安倍さん…
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